アラートが、鳴り響いた。
おそらくどの待機室でも同じような光景だったであろうが、
略称で、第十八班と呼ばれるその部屋で、待機していた三人は、同時に顔を上げた。
コンピュータ端末の前に座っていたアニエスは、数秒で画面を切り替える。
仲間たちはその後ろから覗き込む。
行政府内で、ミッションが失敗したらしい。
早急なサポートが必要な場合に起動するプログラムが画面に立ち上がる。
「な……に?」
現れた情報に、アニエスたちは似たような表情を浮かべた。
「八班と九班が?」
そこに名が記されているのは、三人と同様の第二部隊、と呼ばれる部隊に所属する、やはり三人ずつの小部隊だ。
「しくじった、ということか?」
「はめられたのか?」
アニエスの左右からカルロスとサンドラが覗き込む。
アラートが鳴り続ける。
「だが、彼らは爆薬処理班だ。それが失敗となると」
アニエスが指をキーボードに滑らす。
仲間にしか解けない暗号は、けれど仲間なら誰にでも解けるもの。
「出撃要請は……六班だ」
「おいおい」
静かに読み解くアニエスに、カルロスが顔をゆがめる。
「六班の連中は救助部隊だぜ? なんで行政府で救助が必要なんだよ」
「それを言ったら、なんで行政府内で爆薬処理班が二班とも動いてるんだよ!」
口ではなんだかんだと言いつつ、二人は画面に隈なく目を走らせている。
アニエスの指は止まっていない。
「場所は……東だな。四階の……」
そのとき。
三人のいる部屋が揺れた。
つまりは、この、点対称の奇妙な形をした、行政府そのものが揺れたということだ。
「今のは……爆発だな!」
そしてその揺れの種類は、知っていた。
何度も、訓練を受けたことがある。
そこから身を守るための、訓練を。
アニエスは無表情のまま、一瞬止めた指を再び走らせ始める。
「爆発……そうだ、爆発は東院の、二階……?」
ついさっき自分が確認した爆薬処理班の居場所は四階ではなったか。
「はあ? で、その二階の状況は?」
「……いや、ノーマークだったらしい。情報未収集だ」
何か知っていることがあれば、知らせろ。
そういう命令が、今、ロス・クライム全体に告知されている。
「っても、俺たちの知ってることなんて、そうないと思うが」
行政府内の仕事には携わっていないカルロスは首を振る。
つい先日東院に潜入、解除任務を遂行してきたサンドラは、そこに現れた情報を見て、少し考える顔をした。
「なあ、アニエス」
「……ああ」
言わんとしていることを感じて、アニエスは頷いた。
「ここ、あたしたちがこないだ入った部屋だよね。あんたは逆だったけど」
「そうだな。あの部屋だ」
それは、あのイーシス・ハージェと、アーク・サリオンが居合わせた、いや、彼らがいるからこそ派遣されたあの部屋だったのだ。
もっともアニエスは西院に赴いたので、今、問題の爆発が確認されたのは点対称の反対側、ということだが。
「けどたしか、あんたが潜入したとき、タイマー・ボムを解除してきたよねえ?」
「……ああ」
おかげでアークと顔を合わせることにも、イーシスに名を知られることにも、なってしまったのだが。
そう思い出しながら、ふと。
アニエスは金髪の同僚を振り返った。
「なんだ、サンドラ。それは……どういうことだ?」
年上の同僚は、あくまで冷静な顔をしていた。
彼女にとって行政府の人間は信用置けない存在らしい。
けれど、それと仕事とは別の話だ。
「あのときのボムは誰を狙ったんだ?」
それは、わからない。
「さっきの四階の騒動は、二階から、あたしたちの目をそらすためじゃないかって、きっと考えるよな、上は」
それは。
単純な構図だ。
けれど……引っかかってしまうと単純だが、とても効果的ではあるのだ。
囮作戦、というのは。
「では、本命のこの場所には、誰がいる?」
アニエスはパソコンの画面を振り返る。
その部屋に使用許可が出ていたかどうか、本来ならすぐにわかるはずのことが、なぜか『未確認』と表示されているのだ。
情報を操る諜報部、ロス・クライムが、たがだか敷地内の一部屋の使用状況を、掴めない筈はないのに。
遠い敵国の一室で、誰と誰が会談しているか掴んでいるロス・クライムが。
同じ敷地の中で、そこに誰がいるかわからないなんて。
「ありえない。おかしい」
ならばそこには、ロス・クライムに負けない、大きな力が作用しているはずだ。
だがそんな力、そうそうあるはずはない。
「有力者のうちで、俺たちに反目するやつで、東に手ぇ出しそうな奴?」
カルロスがふざけた調子で言う。
部隊の一部が二階に着いたらしく、情報が更新されていく。
中にいるのが誰か、わからない。
爆発物はどうやらドアの操作パネルにはめ込まれていたらしい。
……同じだ。
議員は身分があがると同時に上の階に部屋をもつようになる。
つまり最下の二階の部屋を使うということは、力のない者なのだ、本来は。
(なのに、狙われるとしたら。有力者と……繋がりがある、)
アニエスは顔を上げた。
東院のデータから離れ、西院の情報を呼び出す。
行政府内にいるのなら、今どこにいるかくらい、すぐにわかるのだ。
すぐに、わかるはずなのだ。
(有力者と繋がりがある、新人議員なんて)
アニエスの指が再びキーボードを叩き始めて、仲間たちは驚いたかもしれないが、少しも反応しなかった。
(ロス・クライムに反目している、ロス・クライムに負けない力を持つ、有力者なんて)
いない。
探している人物の居場所は見つけられない。
(そんな有力者、何人もいない)
いない。
彼の名前が見つけられない。
見落としようのない、アニエスにとって特別な人なのに。
監視カメラは彼を捕らえていない。
がたん、とアニエスは立ち上がった。
「……アニエス?」
仲間が名を呼ぶと、アニエスは振り返った。
いつもと変わらない静かな瞳で。
なにもうかがえない静かな表情で。
「探しに、行ってくる」
「アニー?」
「いないんだ、いるはずの人が。西院の、どこにもいない」
今までこんなことはなかった。
彼はアニエスのことなんて知らなかったはずだけれど、アニエスはあの日から、彼のことを忘れたことはなかった。
ずっと、見ていた。
「だが、ロス・クライムの情報で見つけられないやつを、あんたはどうやって探そうって言うんだい」
立ち上がったアニエスに、驚きも特に示さない仲間が、静かに問い質す。
アニエスは、俯いた。
本当は、方法なんてなかった。
今までだったら、そんなことは出来なかった。
でも。
パソコンに流れ続ける情報が、爆発現場に議員が集まっていると告げている。
もし。
彼があの部屋にいたら……それは、とても都合が悪くはないか?
アニエスは踵を返した。
「……アニエス」
仲間が声をかける。
引き止めるためではない、思い出させるために。
だからアニエスは、息を吐く。
「大丈夫だ」
ドアの前まで行って、振り返る。
かすかに微笑む。
「方法は、なくはないんだ」
自信があるように、頷き返す。
きっと。
大丈夫。
「イーシスなら、知ってると思う」
アニエスの口から滑りでた名に、仲間は軽く目を瞠る。
けれど、それだけだった。
なぜなら、アニエスは部屋を出て行ってしまったから。
イーシスの居場所はすぐにわかった。
彼が普段使っている議員控え室に、アニエスは真っ直ぐに進む。
自分のことを忘れろと言ったのは自分の方なのに。
彼を頼ることになるなんて。
それでも。
なんとなく。
イーシス・ハージェなら、アニエスが求めている答えを、くれるような気が、したのだ。