「あれ、今日の主役のお姫様は?」
アリエスは積星宮の一角で、一人で立っている友人を見つけ、ふらりと近づいた。
気づいた相手が、うん? と振り返る。
「アリエスか。ふん、キャンサーなら帰ったぞ」
「帰ったって? マジで?」
驚いて目を丸くしたアリエスの前で、黄金の髪を揺らして、レオがさも可笑しそうにくすくす笑った。
「えーと。なんで?」
星集会は、確かに終わった。
終わったから、今は星主たちが談笑しているのだ。
そこで友人の姿が見えないからアリエスは探しにきたのだが。
「なんで、か。そうだな、絶えられなくなったんじゃないのか」
「……あんた、なんか怒らせたの?」
「そうかもな」
そう言って、けれど別段反省したふうもなく、いやむしろ楽しそうに、くすくす笑う。
ホールに戻るか、とレオが身を翻すのについて歩きながら、アリエスは友人を覗いた。
「あんたと似たタイプだったでしょ」
「そうか? 俺はあんなに素直だったかな」
「素直ときましたか」
ホールに入ればすぐに二人を見つけて星の使いが飲み物を差し出す。
遠慮なくそれを受け取り、談笑しながら人の輪に近づく。
「素直だろ。虚勢を張ってるのが態度に出てる」
「態度っていうより、あの目だよね。一生懸命睨みつけちゃってさ」
ひょいっと肩をすくめると、レオが感心したふうに振り返った。
「ほう。さすがに相手が女となると、よく見ているな、貴様は」
「そりゃないでしょ。あんたのことだってちゃんと見てるよ、俺は?」
グラスを傾けていたレオが、ちょっぴり嫌な顔をする。
「なんだか気持ち悪いな」
「いや、そーゆーつもりじゃないけどさ」
冗談を笑って交わす。
「で、どうだった?」
「……なにがだ?」
「なにがって、そりゃ、決まってる。いい女だったか?」
レオは横目でアリエスを見ると、にやり、と笑った。
「……ああ」
驚いた。
冗談の延長で言ったのに。
レオがこんなふうに言うのは、珍しい。
積星宮やレオの獅子宮にも女はいくらもいるが、多分レオが「いい女」と称するのは、せいぜいアクエリアスの姫君くらいなものだろう。
「ま、おまえには無理な花だろう」
「言ってくれるね。じゃあなに、あんたなら落とせそう?」
アリエスが食い下がれば、レオはふん、と笑った。
どこか、満足そうだ。
「落とすというのは気に入らんな」
アリエスは、気づいた。
レオが、もしかしたら、本気かもしれない、ということに。
「……マジで? あんたの好みだったわけ、あの娘」
ちょっぴり呆然気味に呟く。
「さてな」
それにもレオはさらりと返すのみで、終始機嫌が良さそうだった。
星主たちの談笑の輪に近づくと、アクエリアスの姫がこちらに気づいて顔を向けた。
するとまるでそれに従うかのように、周囲が振り向く。
「遅れまして、申し訳ありません、皆様」
レオが、言葉は控えめだが、口調がいまひとつ伴ってない感じで挨拶する。
「構いませんのよ。それで、キャンサーの姫君は?」
応えたのはアクエリアスの姫だ。
レオは年下の、けれど、ここにいて多分一番の発言権を持つ水色のお姫様に、丁寧に答えた。
「失礼ながら、先に帰郷の途につかれました」
星主の輪からかすかなどよめきが起こる。
まあ、それも仕方がない。
ここには今、十人の星主がいる。
ジェミニは現在星主が空位で、キャンサーが帰ってしまったからだ。
「帰っただって!?」
声を上げたのは、この中で一番歳若いバーゴだ。
前回が初登門で、緊張した中周囲に随分叩かれて、けれど強気にやり返した、まあなんだ、少々ガキっぽい星主だな。
ガキっぽいといっても、タウラスとかピスケスのやつとは、またタイプが違う。
混沌の星が降るっていうお告げはこれを差してるのかねえ、とアリエスはのんきに考えている。
「まあ、残念。わたくし、お話できるのを楽しみにしておりましたのに」
バーゴの非難の声なんて無視して、アクエリアスの姫は残念がる。
片手を頬に当てて首を傾げる様なんか、可憐意外言いようがない。
「それで? お帰りになられた理由は?」
冷静な声でたずねてくるのは、最も年配でかつアクエリアスの姫についで任期の長いカプリコーンの主殿だ。
「まさか、星集会が終わったので、帰られたというのではあるまい?」
前回、そうしそうになって、バーゴの若君はとっつかまえられたのだ。
おせっかいなスコーピオが追いかけていったのは覚えている。
そのスコーピオが、まさか、という顔でレオを見た。
「レオがついていたのに、そんなことはないだろう?」
「……俺は、あいつの保護者なわけじゃない」
スコーピオの目が気に入らなかったのか、レオは、まあいつもどおりの口調で言い返した。
て、さ。あんたね。
あいつ呼ばわりですか、今日あったばかりの相手を。
まあレオだからそれもありかとは思うけど。
「まあまあ。レオもスコーピオも、そんなところで睨み合ってないで。
それで、アリエス。あなたなら理由をご存知ですか?」
仲裁に入ったのはピスケスだ。
さらっと話題にアリエスの名前を出して、星主たちの視線を向けさせる。
どこまで意図的なのかわかったもんじゃないが、まったく舌を巻く。
アリエスは、ひょいっと肩をすくめた。
それからわざと、となりの友人を肘で小突く。
「弁解しなくていいの?」
「……べつに」
レオはなんでもないふうに答える。
アリエスは溜息をついて、レオを指差した。
「こいつが。怒らせちゃったんだよ、キャンサーのお姫様を」
すっぱり言うとレオは面白そうににやりと笑った。
アクエリアスの姫が、まあ、と驚いた顔をした。
「そうなんですか? では、次の機会にはお会いできますかしら?」
ときどき天然のことを言ってのけるお姫様だが、わざとかどうなんだか未だによくわからない。
「それは大丈夫でしょう。そこまで愚かな姫でもない」
レオがアクエリアスの姫に答える。
て、おまえが言うなよ。
「まったく。おまえの口が悪いのは今に始まったことじゃないが、俺たちの印象まで悪くするなよ?」
「貴様に言われることなどない」
言わなきゃいいのにスコーピオが一言ケチをつけると、これまた無視すりゃいいのにレオが言い返す。
ま、周囲はそれには慣れてるけどね。
「それでは、次の機会には是非、レオの君が、キャンサーの姫をお連れくださいませ」
アクエリアスの姫がにっこり笑ってお願いする。
が、これは一種の命令だ。
「ええ、是非」
レオはそれには頭を下げて答えた。
多分。
言われなくてもそうしたんだろう。
なんとなく、アリエスはそう思った。