右、右、左、と頭の中で繰り返していたのはほんの最初の頃だけで、
慣れるとなるほど、レオの動きにあわせていれば、自然と踊れた。
一度やってみるかと言われておそるおそるまわったターンは、今まで練習した中で、多分一番上手くまわれた。
レオは踊り慣れているというか、リードの上手いのは事実で、キャンサーは胸の中でこっそり感心する。
「踊れるじゃないか」
でも、まさかレオのおかげだなどとは、絶対に言えないキャンサーは、目を合わさずにむすっとしたまま答えた。
「馬鹿にするな」
レオはくつくつと笑う。
「初登門の感想はどうだ」
さら、と問いかけられた。
談笑というのだろうか。
周囲で踊っている星主はじめ人々も、一様に口許に笑みを浮かべているように見える。
「どう、と言われてもな」
あやふやに答えながら、なんとなく周囲に視線を送る。
踊っている人々は意外と多くて、どれが星主でどれがそうでない人物か、よくわからなかった。
「アクエリアスの姫を知っているか」
いきなり第三者の名を言われて、キャンサーは思わずレオを見上げた。
目が合うとレオはかすかに微笑んだ。
あの、にやりという笑みではなく、本当に、優しそうに。
それがあんまり美しいのでキャンサーは思わず目を瞠ったが、レオはくいっと顎でいずこかを示す。
慌てて目をそらしそちらに目をやる。
「あの水色の髪の姫だ。今の積星宮で、俺と並んで実力者だな」
自分のことをさらりと言ってのけるのは、ほかの誰かなら笑い飛ばすが、そうもできないのがレオという男だ。
キャンサーはそんなレオと並ぶというアクエリアスの姫を探した。
水色の髪の、美しい少女がそこで踊っている。
こうして見るだけでは、優しそうに微笑んでパートナーと会話しているその星主は、権力者という感じはしないが。
「あれで、現星主のなかで最も任期が長い」
「そうなのか? わたしとも、さほど変わらぬ歳に見えるが」
「其方、星主になれるのはいくつからか知っているか」
レオは話題を突然そらした。
その展開にキャンサーは頭がついていかないが、馬鹿にされるのも癪なので、平静を装って不機嫌そうに返す。
「そのくらい知っている。六十の年月を経てからだ」
「では実際六十で星主になれると思うか」
「……無理だろう。いや、わたしなら無理だ」
素直に思ったまま答えたところで、レオの手が、キャンサーの身体をターンさせようとリードする。
くるり、とまわれば、視界にアクエリアスの姫が同様にまわっているのが見えた。
その姿を、美しい、とキャンサーは思った。
再びレオの腕におさまって、キャンサーは、思わず溜息をついた。
「ダンスの途中で溜息とは、興のそがれるやつだな」
呆れ声でレオが言う。
「うるさい。わたしの勝手だ」
自棄気味に返事をすれば、レオはまたくつくつと笑った。
そして耳元に囁く。
「大丈夫だ、案ずるな。おまえも充分美しい」
ぎょっとして顔を上げた。
目があったレオは今度は確かに、にやり、と笑った。
「俺は二百を数える少し前に星主になった」
話を戻す。
いや、レオはそらしたつもりはないのかもしれない。
「……早いとは思うが、早すぎることもないな?」
だからキャンサーも努めてレオに合わせる。
精一杯の虚勢だ。
「そうだな。アリエスのやつも、同じくらいだ。似たような連中があと二人いる。スコーピオとサジタリウスだ」
ふうん、と内心思いつつも、家の名前だけでは顔はわからず、ともかくレオと同年代ということだけ理解する。
「アクエリアスの姫は、年こそ十も離れていないが、彼女が星主になったのは、百を数える前だ」
「は?」
驚いてレオを見上げる。
「カリスマだぞ、彼女は。アクエリアスの姫に対抗しようなんて思うやつは、今のところいない。思ったらそれは愚かなだけだ」
「百を数える前だと? そんな……まだ子どもではないか。なぜ?」
自分のように、担ぎ上げられたのだろうか。
それとも先代が不慮に亡くなったのか。
「まあ、いきさつはあるが、それを全部語るには、時間もないし、だいたいダンスの興が逸れる内容だな」
「……あまり楽しい内容ではなさそうだな」
「そういうことだ」
もういちど、アクエリアスの姫を盗み見る。
どうして彼女がその名のもとにこの場所にいるのか。
つらくはないのか。
知る由もなかったが、つらかったとしても本人にはどうしようもないことがいくらもあることを、今のキャンサーは充分知っていた。
自分がそうだから。
「その姫と、踊っているのは、誰だ?」
見ている前で、アクエリアスの姫がくすくすと笑った。
パートナーはちょっと困った顔をしている。
親しげに見えた。
「ああ。あいつがスコーピオだ」
「スコーピオの君か……。貴殿の友人か」
「べつに友人ということはない」
珍しくレオが面白くなさそうに言ったので、キャンサーは少し驚いて顔を上げた。
それを見下ろして、レオはふん、と肩をすくめる。
「かといって特別仲が悪いわけでもない。ようは気が合わないだけだ」
「……そうか」
自信満々で、なんでもできそうなレオのそんな態度に、キャンサーは思わず笑った。
「理由が気に入らんが、やっと笑ったな」
キャンサーを見て、機嫌がいいのか悪いのかわからない顔でレオが言った。
「え……」
「ダンスに誘った甲斐があると言うものだ」
キャンサーはレオを見上げた。
あまりにじっと見上げたので、レオが不審がる。
「なんだ、今更俺の魅力に気づいたか?」
「言ってろ。そうではない」
ふざけた台詞は切り捨てて、キャンサーは真面目に尋ねた。
「だがどうしても聞きたい。貴殿はどうして、わたしを誘った?」
すると。
レオはにやり、と笑った。
さも、楽しそうに。
「聞きたいか?」
そして試すように。
キャンサーは唇を引き締めレオを睨み付けた。
馬鹿にされてたまるか、と思った。
返答次第ではすぐさまこの手を振り払ってやる、と思った。
けれど。
「おまえを誘ったのはな」
レオは笑みを浮かべたまま、キャンサーの身体をいっそう引き寄せた。
「おまえが俺の好みの女だったからだ」
予想以上にふざけた答えに、キャンサーは呆然とレオを見返すしか、できなかった。